「不足」である事が必ずしもマイナスである、とは限らない


魔境伝説

(1988 ビクター音楽産業 PCE)


1 新ハードの期待を一身に背負って・・・ません?

 時は198X年。

 世はまさにファミコンの天下でございました。

 ファミコン。
 毎週何かしらの新作ソフトが発売され、誇大広告に惑わされてなけなしの小遣いをはたき、手に入れたゲームのあまりのクソっぷりに血の涙を流す小学生を量産していたかと思えば、人気作品の発売日には親に会社を休ませて買いに行かせる外道も続出させたりと、歴史に間違いなく名を残すであろう記念碑的オモチャ。
 ソフトをたくさん持っている子は、クラスの中で神にだってなれたもんです。
 当時乱立したゲーム誌にはFFやドラクエの最新作の特集記事が1年前から掲載され、その攻略本が総計ウン十万部を超えるベストヒットを飛ばす。
 ジャリマン雑誌に至っては「連射名人高橋君」なる現人神まで降臨するステキっぷり。

 仲良し奥様方が昼下がりに子供のスーパーマリオを持ち出して遊び、いつのまにか子供以上の「マリオ職人」になっていた、といった微笑ましいものから、
 学習塾で講師バイトの大学生が授業そっちのけで教え子の小学生相手にドラクエUのロンダルキアの洞窟攻略に時間を割くといった頭の痛い話、
 果てはソフトの貸し借りで殺人事件、というもはや笑えない事態まで、
 ・・・もうある意味マンガみたいな展開を地で行く恐ろしい時代でした。

 そんな時代に新ハード、PCエンジンは登場しました。
 明らかにファミコンより綺麗なグラフィック。
 明らかにファミコンより大きなキャラクター。
 ソフト、ハード共にハッタリの効いたデザイン。
 そしてとどめといわんばかりに、カーゴスーツに黒ヘルメットかぶった謎の男が左手にコントローラーを持ちながら右手の親指をおっ立てる、何が言いたいのかよく分かんないけどインパクトは抜群だった販促チラシ。
 既に安いテレビ一台に匹敵する値段設定ゆえにおいそれと手は出ない物でしたが、なんとかしてファミコンの牙城を崩そうとした意気込みだけはひしひしと伝わってくるゲームマシンでした。

 ま、実際その後どうなったか皆様も知っての通りなのですが・・・
 PCエンジンの不幸はそのスタートダッシュの不発に原因の一端があったように思います。
 つまりは本体同時発売、もしくはそれ付近に発売されたソフトタイトル。
 今風に言うといわゆるローンチタイトルのこと。

 これがはっきりいってどれもこれもパッとしなかった。

 キャラが大きいのはいいけど、本当にそれだけ。見るからに立位体前屈の苦手そうなブルース・リーもどき体感シミュレーター「THE 功夫」
 その目の付け所は神様の仕業、とまで言われた超異色スポーツゲーム「あっぱれゲートボール」(しかもこれが面白いんだ)
 そのリアルな顔グラフィックで子供たちにハードの性能をまざまざと見せ付けた(トラウマを与えたとも言う「カトちゃんケンちゃん」(またこれも丁寧に作られたいいゲームだった)

 ゲームそのものの出来は決して酷くないんだけど、なんというかその・・・ちびっ子のハートをつかむような輝きに恵まれなかったというのか、話題性がないというのか華がないというのか、とにかく激しくイマイチ感の漂うラインナップだったわけです。
 事実上PCエンジンの世間一般への認知には、ド級の完成度と前評判をひっさげて降臨した正真正銘のキラータイトル、「R―TYPE T・U」が孤軍奮闘していたわけですが、

 今回紹介する「魔境伝説」は、そんな黎明期のPCエンジンを地味に支えたいわゆる「パッとしない」タイトルの一つ。
 しかしその実態は、製作者の「面白いものを作ろう」という真摯な思いの伝わってくる、「PCエンジン元祖隠れた名作」であります。


2 コンセプトも作りもあっさり系王道ジャンプアクション

 本作「魔境伝説」は、当時非常にポピュラーであった横スクロールジャンプアクションゲーム。
 どこから見てもターザンな主人公「ゴーガン」を操り、邪神のいけにえにさらわれてしまった幼馴染「フレイア」を救出するため、「魔境」と呼ばれる領域に足を踏み入れる・・・と、シナリオもいたって王道まっしぐらな展開でゲームがスタート。
 主人公の手には故郷の村に伝わる聖なるトマホーク、「スティング」。
 なんとゴーガンの武器はこれ1本です。
 さしてリーチがある訳でも、使い勝手がいい訳でもないトマホーク1本。
 斧からトンチキなビームが出るわけでも、役に立つようなサブウェポンもボンバーも一切ありません。
 われらがゴーガンは体術と手斧のワザだけを頼りに、どこぞのワンマンアーミーよろしくラスボス目指して突き進んでゆくのです。
 舞台設定に多少のオリジナリティは感じられますが、よくあるジャンプアクションゲームの域を逸脱しているような要素は特にナシ。
 加えて派手な設定もキャラクター性も当然のようにナシ。
 ましてや奇をてらうとか意表を突くとか・・・そんな下手な色気も一っっっっっ切ナシ!
 ステキすぎ。
 まるで一時期の洋ゲーを見ているよう・・・
 もはやその体裁は、本当に「蛮族が斧持ってジャングルでドツきあい」以外に形容しようの無いゲームと化していました。
 もしこれが晩年のPCエンジンの作品なら、ここに珍妙風味あふれるビジュアルシーンでもぶち込まれている所でしょうが、当時のエンジンはまさにガチンコそのもの。付加価値なんて清清しいまでになんにもないです。
 システムにしても演出にしても、人を惹きつけようという姿勢はかけらも見えてきません。
 いくら家庭用ゲーム高度成長期の話とはいえ、国民的8ビット機の元配管工の某ヒゲおやじですら、怪しげな花を摂取すれば火の玉を連射できた時代。「うわ・・・なんか地味・・・」と、当時の私もただならぬ不安を感じながら本作をプレイした覚えがあります。
 ですが。

 いける。
 これ、面白い。



3 でも、一番のキモは省いてません

 まずこのゲーム、操作性と完成度が抜群にいいです。
 いわゆる典型的な「キャラクターを動かすこと自体が楽しいゲーム」。
 アクションの二大要素、レスポンスリアルの調整の妙とも言えましょう。
 レスポンスとは、パッドのボタン操作に小気味よく応答し、「プレイヤーの刹那的な想像を第一に再現する要素」。
 かたやリアルとは、一定の説得力のある動作のルールを与え、「プレイヤーにその世界に「いる」事を体感させる要素」。
 リアルに偏りすぎると爽快感が失われ、かといってレスポンス一辺倒ではそのあり得なさすぎる挙動にシラけてしまいます。
 よってこの二つのバランスが重要となるわけですが・・・
 レスポンスとリアルのさじ加減が絶妙なジャンプ挙動と、ファミコンとは思えない痛快なダッシュ性能に誰もが驚いた「スーパーマリオブラザース」
 レスポンスを下げてリアルに偏重し、アクションの緊張感を高めて重厚なゲームイメージに見事にシンクロさせた「悪魔城ドラキュラ」
 一方リアルさを極力そぎ落とし、レスポンスとスピードに特化してプレイヤーの「神業プレイ願望」に可能な限り応えて見せたハードアクションゲームの金字塔「ロックマン」シリーズ。
 ま、中には・・・「マリオを超える」と調子のいい事を自ら息巻いておきながら、肝心のアクション性能において見るも無残に破綻したがために単なる「ゲテゲー」の烙印を押されてしまった「アトランチスの謎」みたいなのもあったけど。
 もちろん、アクションゲームの面白さをこの論点のみで断じるのもナンセンスな話ですし、最近ではあんまりヒドいのは見かけなくなりましたが・・・・
 ただそれでも、良し悪しはここの調整一つで簡単に変わってしまう、それは言えると思います。

 そしてその一点において、この「魔境伝説」はほぼ完璧でした。

 どこかおどろおどろとした未開のジャングルを一人切り開いてゆくゴーガンのアクションスタイルは「ドラキュラ」寄り、つまり「ロックマン」の対極となるリアル重視。
 ジャンプするにも攻撃をかけるにも、その都度コントローラーに伝わってくるようなある種の「重み」が存在します。
 例えるなら、バットにボールをジャストミートさせた時のような手応え。
 キャラの取り回しの難しさを使いこなす楽しさ、というリアル挙動系アクションならではの緊張感がこのゲームの持つ雰囲気と見事に合致しています。
 かといって挙動が鈍重に偏っているわけでもなく、レスポンスも守るべきところはキチンと守り、スピード感も損なわれてはいません。
 ジャンプにいささかのクセがあって難儀する事もありますが、まあ許容範囲。
 さらに、その自キャラの「性能」を存分に生かすステージレイアウトと、練りに練られた敵キャラ配置。そして計算されつくしたゴーガンの攻撃の間合い。
 つまりは妥協の無い作りこみ、ひいては完成度。
 相当な数のテストプレイを繰り返したであろう事は容易に想像できます。

 そして――

 主人公、ターザン。
 武器、トマホーク。
 以上。


 一見何の芸もひねりも無いこの仕様が、「会心の完成度」という最高のギミックを得た途端、不思議な輝きを放ちだします。
 そしてそれは、おそらく製作者のもくろみ通りの展開。
 マニュアルに確信犯的にこうあります。
 「プレイヤーの武器は手に持った手斧(アックス)だけ。これで全ての敵と戦い、倒さなければなりません。」
 ここで初めて気づかされました。
 このゲームは敢えてトマホーク以外の攻撃手段をつけなかったのだと。
 その他人目を引くような仕様はわざと切り捨てたのだと。
 つまり作者の言わんとする事は――

 すべての攻撃、すべての敵――そのトマホーク一本ですべて――しのいでみせよ!

 それが理解できた瞬間から、さらにこのゲームに惚れ込む事に。


4 そしてそれだけでは終わりません

 操作系と完成度において高水準をクリアする「魔境伝説」ですが、いわばこれはゲームの基本。

 このゲームでしか味わえない、本作にしかない魅力もちゃんと存在します。
 それはため攻撃。
 そしてそれを可能にする、パワーサプライと呼ばれる攻撃強化アイテム。
 そして本作は全部で4つ存在するこのパワーサプライを全部揃えてからが本番。
 そこではじめて、「魔境伝説」真の見せ場がやってきます。
 限界まで力を蓄えた主人公ゴーガンの体が金色の光を纏い、その状態から振り下ろした斧の一撃が敵を捉えた瞬間、画面がフラッシュ!

 カッ!
 ババババババッ!
 ドン。

 破壊の力がその一瞬に膨れ上がって弾け飛ぶように。
 その劇的なエフェクトは、数年前テレビの前のおガキ様にひきつけてんかん食らわせてPTAから怒られた某電気ネズミの赤と青の点滅光なんてメじゃありません。
 もちろん威力も桁違いで、ボスクラス以外、ほぼすべての敵をただの一撃で粉砕するその破壊力はまさに圧巻。
 それまでの攻撃とはまさに別次元の威力と演出で、胸躍るほどのカタルシスが体験できます。
 どこまでも地味に地味に抑えられてきた演出は、唯一のこのド派手を際立たせる為なのか。
 とにかくこのメリハリの大げさっぷりがたまりません。

 ある時は敵の猛攻をかわしながらパワーをためて必殺の一撃を見舞い、またあるときは素早く振り回して近づく小物の群れを切り払うという攻撃と防御を斧一本で使い分ける。そうした「ため攻撃ゲー」ならではの戦略性もきっちり消化してあり、ぬかりナシ。
 また、アチャ(邪神教団の手下でザコキャラ。一見人間に見える。カラーリングで10種類近いバリエーションがあり、移動方法や攻撃方法もそれぞれ違う)やゴウズ(4面のボス。盾で上下段のガードを使い分け{!}、ゴーガンのMAX攻撃すら受け流す恐怖の初心者キラー)といった一部の敵に非常に芸の細かい動きをするキャラがおり、そういった製作の遊び心も満載。

5 つまるところこのゲームは

 操作性。
 完成度。
 芸の細かさ。
 ムード、テンポ。
 敵をやっつける爽快さ。
 職人芸とも言うべきゲームデザインセンス。


 そのどれをとっても非常に高いレベルにまとまった一級品だったのですが、「見た目地味、激しく地味」という1点がどこまでも足を引っ張ってひそかなマニア人気を得たのみで終わった、典型的な埋もれた作品。
 加えてネットもない時代の産物だったために口コミもさほど拡散する事無く、結局「R―TYPE」人気の影に消えてしまいました。
 以降、「魔境伝説」は21世紀の今日まで、ゲーム雑誌での目立った露出は皆無な状況です。
 確かに、世に数多とある名作と言われる作品と本作を比べるのは正直酷な話ですし、どっちが面白い?と言われたら私も「魔境伝説」を選ばないのでしょう。
 今時の至れり尽くせりなゲームももちろん面白いですし、他に好きなゲームもありますし。

 でもこのゲーム、「魔境伝説」でしか味わえない独特の魅力。

 攻略を組み上げ、テクニックを駆使し、たったの斧一本で最初から最後まで敵を蹴散らしてゆくストイックさ。
 MAXパワーを開放した時のあの痛快さ。


 地味で、無骨で、無愛想ではあるけれど、けど決して手抜きではない。
 製作側の言わんとする事、やりたかった事、伝えようとした面白さがしっかりと作中に込められ、プレイを通じて伝わってくる。
 それはそのまま忘れ去られるにはあまりに惜しい、いぶし銀の輝きです。
 そこには画期的なシステムも目を見張るようなビジュアルもありませんが、でもそれだけに、昨今の作品のようなプレイヤーに媚びた所のまったくない、好感の持てる作風はやっててほんとに心地よい。

 時々、こんな昔気質なゲームも懐かしんでみたいと、私のようなロートルは思うわけで。

 そして、様々な要素を付加する事がすべからく面白さに結実する、とは必ずしも限らないという事を教えてくれる本作。

 もしあなたが、話題ばかりが先行する今時のゲームに辟易している方であるなら。

 しっかりと作りこまれた骨太なゲームを味わいたい方であるなら。

 頭を空っぽにしてアクションゲームに溺れたい、そんなあなたへ。


 プレイできる状況にある方ならば、是非本作を手にとって見られる事を、当方自信を持ってオススメいたします。
 きっとアクションゲーム本来の面白さ、キャラを操る事の楽しさを、伝説の斧の英雄が教えてくれる・・・と思いますので。

――時は満ちた。
その原初の力を解き放ち、一人の男は英雄とならん。
眩き神斧の一閃は、牙城の闇を断ち割るか。
魔境伝説最後の戦いが今ここに幕を開ける・・・



 でも今こんなの出したら、「古臭い」の一言で切り捨てられちゃうんでしょうねぇ・・・。




 最後に。
 本作「魔境伝説」はBGMも名曲ぞろい。

「さすがは音楽の会社、ビクター音楽産業のゲームだ」

 などと、頭の痛い事をほざいてた13歳の夏(泣)・・・


 そしてもう一つ。
 本作には「暗黒伝説」という続編が存在します。

・・・・・が、間違ってもそっちには手を出さないように。





:次回:

前作とはまた違った、傑作パズルゲー。
『ソロモンの鍵2 クールミン島救出作戦』

お楽しみに!


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